損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開 Vol.4 「共通化・標準化」の前史 保険自由化による「業界協調」の崩壊②

保険業界・時事

本記事は栗山氏執筆のInswatch Professional Report【第112号】2013.02.22【損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開】を、許可を得て転載する記事であり、複数回に分けて掲載をしております。

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損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開 Vol.3 「共通化・標準化」の前史 保険自由化による「業界協調」の崩壊① | 企業代理店port (kigyodairiten-port.com)

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損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開 Vol.1 はじめに | 企業代理店port (kigyodairiten-port.com)

以下転載部分

(2)保険自由化による「業界協調」の崩壊

③独占禁止法の遵守

「業界協調」が大きな見直しを迫られることとなった3つ目の要因は、独占禁止法(以下、「独禁法」)の遵守である。

<日米構造協議>

実は、独禁法を巡る動きに関してもアメリカの力によるところが非常に大きい。

戦後の日本経済の発展にともなって歴史的に順次、様々な分野で貿易摩擦が起こるようになった。

これに対し、アメリカは、例えば繊維製品など産業分野別にダンピングの停止や数量制限等の要求をしていたが、こうした対応に根本的な変化が生じたのが1989 年に始まった「日米構造協議」である。

この協議におけるアメリカの視点は、「日本の問題は、自動車や繊維など産業別の問題ではなく、欧米とは異質の経済・社会体制にある。

例えば、独禁法もその一つで、第二次大戦後、法は制定されたが、日本の社会においてそれは形骸化している」というようなものであった。

そして、独禁政策だけではなく、株式の持ち合い、系列取引などの日本の経済社会構造上の特色に着目し、これに徹底的にメスを入れることを試みたのである。

これが日米包括経済協議に先立つ日米構造協議であった。

当時、日本国内でこれを高く評価する動きがあり、日米構造協議を、明治維新、敗戦に続く第三の開国と位置づける見方さえ存在した。

当然のことながら、独禁法を司る公正取引委員会(以下、「公取委)は、独禁法の適用強化の方向に大きく舵を切ることとなり、このような中で、損保業界を大きく揺るがすこととなったのが「日本機械保険連盟事件」である。

<日本機械保険連盟事件の影響>

日本機械保険連盟は、1956 年に機械保険と組立保険に関する保険会社の事業者団体として設立され、会員に対する技術援助と再保険に関する共同処理を行うことで同保険の普及に貢献することを目的としていた。

これが、同保険の料率に関するカルテル行為を行ったという理由で独禁法違反を問われ、1997 年に解散するに至ったのが「日本機械保険連盟事件」である。

損保業界は同連盟の解散だけでなく、最高裁まで争ったものの54 億円を超える課徴金を支払うこととなった。

この事件は、業界の歴史に残る大きな汚点になると同時に、業界全体に、共同で何かを実施することに極めて慎重にならざるをえない状況を作り出した。

中でも損保協会の委員会をベースに実施していた多くの共益事業が廃止されることになり、損保協会は会員会社に便益を提供するという共益事業から、世の中全体を見据えた公益事業へと、業務の中身を大きくシフトすることになった。

このようにして、損保業界は、「業界協調」の主要な場を失うこととなったのである。

④保険会社間の競争激化

保険業法の改正による自由化、これの進展に一層の拍車をかけた日米保険協議、さらに損保業界を揺るがした日本機械保険連盟事件による独禁法問題、これらを要因にして、それまで業界協調を重視してきた保険会社はそのスタンスを大きく競争に向かって変えることになった。

競争の激化は、当初、商品・料率の自由化に伴い保険商品の分野で生じ、ダイレクト系保険会社によるリスク細分型自動車保険による大幅な保険料割引、大手保険会社を中心にした特約の多様化による商品の差別化などが行われた。

その頃、世の中全体に株主重視の動きが生じ、保険会社はこの結果、利益を増大させ、株主への手厚い配当と株価の上昇を強いられることとなった。

商品を巡る競争によって、保険料が下げ基調にある状況の中で利益を確保するための唯一の道は経費の削減、すなわちローコストオペレーションである。

そして、この具体的な施策が保険募集における保険代理店と営業職員の二重構造の解消であった。

そして、ローコストオペレーションの進展は、最終的に2000 年代初頭の業界再編を経て3 メガ損保の登場にまでつながることとなった。

このような保険会社間の競争激化の中で、各社は、商品のみならず損害調査、事務システム、募集、代理店政策等あらゆる分野を競争領域に位置付け、本来的に必要な「業界協調」、すなわち「共通化・標準化」は、法律の要求など必要最小限の範囲に止まるという状態になって行った。

転載部分以上

次回予告

様々な背景から必要最小限の範囲の業界協調にとどまる状態となりました。一方でその後、業界協調が再評価されることになる出来事が起こります。 次回はその部分を解説する記事になります。

↓次回Vol.5はこちら
損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開 Vol.5 新たな「共通化・標準化」に向かう背景 | 企業代理店port (kigyodairiten-port.com)


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