損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開 Vol.3 「共通化・標準化」の前史 保険自由化による「業界協調」の崩壊①

保険業界・時事

本記事は栗山氏執筆のInswatch Professional Report【第112号】2013.02.22【損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開】を、許可を得て転載する記事であり、複数回に分けて掲載をしております。

本記事はVol.3です。

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損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開 Vol.2 「共通化・標準化」の前史 保険自由化前の「業界協調」 | 企業代理店port (kigyodairiten-port.com)

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損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開 Vol.1 はじめに | 企業代理店port (kigyodairiten-port.com)

以下転載部分

(2)保険自由化による「業界協調」の崩壊

損保協会の委員会をベースとした「業界協調」は、1990 年代の初めころから見直しを求められるようになった。

その動きを、①保険業法の全面改正、②日米保険協議、③独禁法の遵守、④保険会社間の競争激化の4 つに分けて述べたい。

①保険業法の全面改正

1980 年代の終わり頃、わが国にも「自由化・規制緩和」の動きが全産業分野に生じることとなり、金融・保険もその例外ではなかった。

銀行、証券の場合、それまでの規制体系の抜本的な見直しが金融制度調査会の場で行われていた。

すなわち、銀行・証券の相互参入に係る「銀証問題」、普通銀行・長期銀行・信託銀行の在り方に係る「銀銀問題」である。

そして、銀行、証券に保険を加えて銀証保の三位一体で議論するべきという問題意識から、当時の大蔵省の下に1989 年に設置されたのが保険審議会総合部会であった。

後から振り返ると「バブル」と称された過熱景気の下でのカネ余り現象、それを背景としたわが国銀行、証券の海外進出、アメリカを中心に金融に生じたイノベーションの波、それらを背景とした金融各業態間の垣根の低下、こうした状況の中で、金融に携わる各業態は自らのプレゼンスアップを図り、行政もそれを促進した。

損保業界においては積立型保険の大きな伸びを契機に生保への進出に大きな期待が生じ、生保は金融事業への進出を強く願っていた。

保険業法は、こうした動きの中で1996 年に56 年ぶりに改正され施行されることになったのである。

そして、保険業法の改正と、後に記す日米保険協議の合意の2つの流れを融合する位置づけとなるのが、1996 年11 月に橋本政権の下で提唱された「金融ビッグバン」と、これを具体化した1998 年6 月の金融システム改革法の成立である。

損保においては、こうした一連の流れの中で、自由化が制度的に進展した。

具体的には、算定会制度の改革を中心とする商品・料率の自由化、新たな保険販売制度の導入、生損保の相互参入等業態間の相互乗り入れ、保険会社の破綻を想定した各種の制度整備等である。

そして、こうした法的な改革によって、それまで業界として培ってきた協調態勢が大きく壊れていくことになるのである。

すなわち、護送船団行政をベースとした「業界協調」から、保険会社各社の個別戦略による差異化を図る方向に各社は大きく舵を切ることになった。

自由化の根底にある考え方は、公的規制の緩和による民間活力の活用である。

行政が規制をベースに世の中をよりよい方向に持って行くという考え方は、アメリカのレーガン大統領、イギリスのサッチャー首相の登場に代表される新しい動きによって大きく変化することとなった。

保険事業でいえば、それまでの護送船団行政による「業界協調」とそれによる業界としての活力の低下や保険契約者利便の低下に対し、自由化による競争促進によって個々の保険会社と業界全体の活性化が図られることとなった。

ちなみに、自由化は何をやっても構わないというルール不在の状態を意味するものではない。

後退するのは公的規制であり、消費者や保険契約者、株主等の保護は一層強化され、公的規制に代わり民間自らによる自己規制が必要になる。

この結果が、コーポレートガバナンス、ディスクロージャー、コンプライアンス等の強化であり、これを怠った場合、業務停止等の厳しい制裁処置が課せられる。

そして、自由化前は「箸の上げ下げまで規制する」と揶揄された公的規制はソルベンシーマージン規制や破綻処理システムの設置など限定的なところに後退することになった。

②日米保険協議

保険業法の改正による競争促進に伴いそれまでの「業界協調」は大きく後退することになったが、この進展をラディカルなものにしたのがグローバルな動きである。

保険は長くローカルマーケット(国内に限定される市場)を中心に運営されてきた。

例えばある人が自分の自動車保険を購入する場合、アメリカの保険会社から直接購入することはできない。

つまり、通常の商品のように「輸入」ができないのである。

これはわが国の保険業法による規制の結果であり、逆に日本の保険会社の「輸出」も多くの場合、各国の規制によって禁止されている。

二度にわたる世界大戦の反省から設けられた多国間協議GATTの場では、関税を中心に「モノ」の貿易に関する議論が行なわれてきたが、ウルグアイラウンド以降、「サービス」の自由化が議論されることとなり、「サービス」の一環として、金融、保険分野の自由化も取り上げられることとなった。

1986 年に始まったGATTウルグアイラウンドにおいて行われた保険自由化の議論は、まさに保険の輸出入をどう実現するかという「クロスボーダー取引」を巡る議論であった。

そして、この結果、GATTがWTOに衣更えする中で、マリン、航空、国際間輸送(M.A.T)の3分野に関しては国境を越えた保険取引の自由化が実現した。

<日米保険協議における主要議題>

日本国内(unilateral)における保険自由化に向けた保険業法改正の動き、多国間(multilateral)協議としてのGATT、そして、これらと機を同じくして日米2国間(bilateral)で行われたのが日米保険協議である。

1996 年12 月に決着した「日米保険協議」は、日米間の貿易摩擦の激化に伴い自動車、政府調達、保険の優先3分野を筆頭に、1993 年7 月以降、様々な産業分野別に行われた「日米包括経済協議」の一つである。

そしてこの協議は、これに先立つ「日米構造協議」で議論された系列取引や株式の持ち合い、独禁政策等、日本の経済・産業構造に関わる主要特性の見直しと相まって、その後のわが国の保険制度を大きく変える上で、非常に大きな要因になるものであった。

日米保険協議において様々なことが協議の対象になったが、大きな区分としては主要分野の規制緩和と第三分野における参入条件の二つを挙げることができる。

主要分野の規制緩和に関しては、算定会制度の全面見直しの結果、料率の使用義務が廃止されることになり、またリスク細分型自動車保険の導入が決まった。

一方、第三分野の生損保相互参入に関しては、生損保本体での相互参入はもとより、子会社による扱いに関しても制限が加えられることとなった。

それらは1998 年6 月の金融システム改革法に反映し、その後、2001年頃まで順次、具体的なかたちで実現することになった。

これらが、日米保険協議が保険自由化に与えた大きな制度面での影響である。

<目立たなかった議題>

ところで、日米保険協議におけるアメリカ側の要求のなかには、日本の損保業界に大きな影響を及ぼすにも拘らず、ほとんど表に出なかったものがあった。

それは、保険商品や募集、保険会社や代理店への監査に関する業界としての協調や共同の仕組みに関連する要求であった。

例えば当時、ある保険会社が新商品を開発した場合、ある程度の期間を過ぎればその内容を他の保険会社に開示し、最終的には販売を望む保険会社はどこでもその商品を売り出すことが可能になるという「慣行」があった。

この慣行に対して、アメリカは「日本には新商品の他社への開示という制度があるだろう。それは競争促進の観点から止めるべきだ」と要求してきた。

この開示という慣行は、保険業法等の法律や、通達行政として批判の対象となった行政の「通達」にさえ明示されていないものであった。

従って、アメリカの要求に対して当時の大蔵省も日本の保険業界も、「開示という制度は存在しない」としか反論の仕様がなかった。

そして、その反論をベースにアメリカから「開示制度はないのだな」と念押しをされ、慣行として行われていた開示は結果的に消滅することとなった。

商品、募集、損害調査の分野には、行政当局による通達のみを根拠とするものや、損保業界内の判断によって長きにわたり阿吽の呼吸で設けていた業界共通基盤があったが、これらは法的裏づけのない「慣行」であったために、日米保険協議により、表立って議論されることなく廃止されることになった。

日米保険協議は、表舞台に堂々と現れた法的制度面の改革だけでなく、裏舞台で、長い間業界として持ち続けた「慣行」という「業界協調」を廃止することにもつながったと言えるだろう。

もちろん言うまでもないことだが、当時の法的に不透明な「業界協調」は決して許されるものではなく、ましてや今の時代において、不透明な「業界協調」が復活することは絶対にあり得ないことを強く自覚しなければならない。

転載部分以上

次回予告

次回は業界協調の見直しについて、残りの③独禁法の遵守、④保険会社間の競争激化の2つについて説明していく記事になります。

↓次回Vol.4はこちら
損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開 Vol.4 「共通化・標準化」の前史 保険自由化による「業界協調」の崩壊② | 企業代理店port (kigyodairiten-port.com)


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