損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開 Vol.2 「共通化・標準化」の前史 保険自由化前の「業界協調」

保険業界・時事

本記事は栗山氏執筆のInswatch Professional Report【第112号】2013.02.22【損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開】を、許可を得て転載する記事であり、複数回に分けて掲載をしております。

本記事はVol.2になります。

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損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開 Vol.1 はじめに | 企業代理店port (kigyodairiten-port.com)


以下転載部分

1.「共通化・標準化」の前史(1)保険自由化前の「業界協調」

①損保協会の委員会による「業界協調」

保険自由化前の損保業界を振り返るにあたり、損保協会の果たしていた役割と使命について確認しておこう。

損保協会は、2012 年4 月1 日から一般社団法人に改組したが、それまでは、公益社団法人であった。

公益社団法人は、二つの事業を行う。 一つは共益事業、すなわち会員である保険会社のために役に立つ事業である。

もう一つは公益事業、すなわち世の中全体に対して役に立つ事業である。損保協会は、共益事業と公益事業の両方を行う組織であり、この点は、一般社団法人に改組しても変わることはない。

<委員会体制>

保険自由化前、損保協会は共益事業を中心に運営されており、共益事業こそが損保協会のレゾンデートルであった。そして、これを担っていたのが各種の委員会組織である。

保険種類ごとに設置された商品の委員会を中心に、募集制度、損害調査、総務、経理、財務、広報等、業務分野別に委員会が存在した。

そして、損保協会はそれら委員会の事務局を担い、損保協会の組織もまた委員会に即応した体制となっていた。損保協会は、まさに業界協調の場そのものであったのである。

中でも力を発揮していたのは自動車、火災、新種の商品別に設置された委員会であり、商品に関わる基本的なルールの多くが、委員会によって、業界共通のものとして決められていた。

当時、料率算出団体法の下で約款と料率が一律に規制された種目は、自動車・火災・傷害のみであった。

しかし、保険業法の中に独禁法適用除外が設けられていたこともあり、あまり深く独禁法上の問題を吟味することなくその他の種目についても業界委員会を中心として日々の業務が行われていた。

<賠償責任保険の場合>

筆者は、1975 年に当時の安田火災に入社し、1978 年に新種業務部に配属されて賠償責任保険の担当となったが、赴任後しばらく経って損保協会の委員会に出席することとなった。

当時、賠償責任保険で言えば、最上位の委員会は新種保険委員会であり役員クラスが委員に就任していた。

その下に部長クラスの新種業務委員会があり、さらにその下に課長クラスで構成される賠償責任保険専門委員会があった。

そして、その下に約款小委員会、その他数々の小委員会があり、当時の筆者のような「駆け出し」は、小委員会やさらにその下の作業班のメンバーとして業界各社の同じ業務の担当者と深い接点をもつこととなった。

そこでは、それほど大きな歳の差のない先輩から会社の枠を超えた指導を受ける中、約款や料率の基本、あるいはアンダーライティングの基礎や本質を学ぶことができた。

すなわち、同じ会社の他種目の担当者よりも他社の賠償責任保険担当者の方が親しく、また、多くを学ぶ慣習が出来上がっていたのである。

では、このような「仲の良い」環境の下で、賠償責任保険に関する各社間の競争はなかったのであろうか。実は激しい競争が行われていたのである。

賠償責任保険の料率は、圧倒的に多くのリスクが行政の認可に縛られない自由料率の対象であった。

また、約款についても、保険契約者である相手企業のニーズに合わせて個別の特約を2社間の覚書というかたちで次々とつくり上げていかなければ保険は成約に至らない。

すなわち、約款と料率の基本部分において、損保協会の委員会を通じた一定の規律が保たれる一方で、最前線では各社のアイデアやノウハウ、深い知識を競いあう激しい競争が行われていたのである。

<様々な分野の委員会>

こうした損保協会の委員会を通じた業界としての規律、すなわち「共通化・標準化」は、保険商品だけでなく、その他の分野にも広く浸透していた。

損害調査分野では、業界としての標準となる損害調査に関わる各種の考え方を損保協会の委員会を通じてつくり上げていた。

保険の募集・販売分野でも同様に、代理店としての種別と個人資格をベースとしたノンマリン代理店制度が業界の制度として作られ、募集取締法を遵守し、保険契約者に役立つ、質の高い代理店を生み出すことを目指していた。

保険会社や代理店の監査についても同様に、損保協会としての監査制度が設けられていた。

保険会社の経営に関わる重要な事項は大蔵省が検査する一方で、契約規定等の実務に近い部分については、保険会社で長年営業現場を経験してきた各社のベテラン社員がOBになった後、損保協会の監査人に登用されて検査を行う態勢になっていた。

その他、例えば安全防災の分野においても、業界としてのノウハウの蓄積が行われ、各社の経営の効率化に寄与していた。

②「業界協調」の意義と限界

損保協会をベースとした委員会体制によって各社の商品、損害調査、募集、その他多くの分野での協調が実現し、そこで生み出される規律によって、保険の歴史上、繰り返し見られる保険会社間の破滅的な競争が発生し得ない状況がつくり出されていた。

そして、当時の大蔵省は、商品の認可・管理、財産運用等の保険会社の監督、その他種々の行政上の業務を行う上で、損保協会の委員会を上手に活用した。

知識・ノウハウを持った各社社員が英知を結集し徹底的に議論を重ね、一定の妥協を経て生み出される委員会の場での結論は、特定の保険会社に過度に肩入れすることのない中立的な性格を持つため、大蔵省が当時のいわゆる護送船団行政を実施する上での重要な糧となった。

すなわち、損保協会の委員会は、大蔵省が行う護送船団行政の実効性を高めることに貢献し、大手、中小を問わずすべての保険会社に協調の場を提供することに寄与していた。

そしてその結果、保険会社間の弱肉強食の激しい競争は相当程度抑制され、商品戦略や営業政策の歪み、さらには保険会社の破綻による保険契約者の被害が回避される仕組みとなっていたのである。

しかしその一方、保険会社の協調体制が維持されることで、経営の非効率性、商品の画一性、財産運用の保守性等の弊害が生じ、結果的に、保険契約者の利便性が阻害されるという事態が生じていたことも否めない事実であった。

転載部分以上

次回予告 

保険自由化に伴い業界協調の見直しが求められるようになっていきます。次回はその動きについて保険業法の全面改正、日米保険協議の2つから説明する内容です。

↓次回Vol.3はこちら
損害保険事業における「共通化・標準化」の意義と今後の展開 Vol.3 「共通化・標準化」の前史 保険自由化による「業界協調」の崩壊① | 企業代理店port (kigyodairiten-port.com)



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